プロフィール
ナツ
2014年3月で、38年間の教職生活を終えました。
自由な時間の一部を、愛する新城の情報発信に使っていきたいと思い、このブログを始めました。
始めると、様々な出会いや発見があり、毎日が違う輝きを持つようになってきました。思いがけず在宅記者もやることになりました。
以前子どもたちによくこの言葉を贈りました。
“感激は特にがんばっている人に、感動は心豊かな人に、神様がくれたごほうびです”
自分はがんばっているわけではありませんが、様々な出会いのお蔭で感激と感動の連続。感謝の毎日です。
B型らしくマイペースで、すべてプラス思考で生きてきた自分は、これからもそう生きていきたいと思います。
好きな言葉は「人間にとって その人生は作品である」(司馬遼太郎)
<自作(?)のダジャレ>
お食事券で汚職事件、花粉飛散で悲惨、「つくねは、歯につくねえ。佃煮も、歯につくだにー」・・・


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新城・勝手に応援隊 › 情報 › 元作手村教育長の齋藤彦徳さん死去

2022年11月11日

元作手村教育長の齋藤彦徳さん死去

元作手村教育長の齋藤彦徳さん死去元作手村教育長の齋藤彦徳さん死去

 新城市功労者の1人で元作手村教育長の齋藤彦徳さん(新城市作手高里)が11月7日、大動脈瘤破裂のため死去されました。85歳。通夜は11日午後6時、葬儀は12日午後1時から、平井の「やすらぎホールしんしろ」で開かれる。仏式。喪主は、長男の雅彦さん。
 齋藤さんは、小中高と生まれた作手地区で育ち、昭和35年作手村役場の職員となりました。平成5年3月~11年9月までの約6年半、教育長を務めました。「歴史が伝わってきた韓国との交流が大切」と、作手中学の韓国への修学旅行を始めました。
 弓道5段で、後輩の指導にもあたり、海外旅行にもよく出かけたそうです。若い頃から歴史に興味を持ち、古文書の研究をし、講演も行ってきました。幕末の新城城主菅沼定邦の用人・池田主鈴寛親の随筆古文書を解読した「池田主鈴寛親」、戦国時代の三河の合戦をまとめた古文書を解読した「三河国軍(いくさ)物語」などを自費出版しています。
 雅彦さんは「ユーモアがあり、好奇心旺盛で頭の回転の早い人だった、誰とでも話をし、のんびりしていることはなかった」と振り返り「『歴史は繰り返す。歴史を学ばん人はだめだ』と言っていたのを思い出す」話します。

元作手村教育長の齋藤彦徳さん死去

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Posted by ナツ at 07:02│Comments(0)情報
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